介護生活のストレスと難しさ
サービス事業所とのやり取り
じじばば、私の暮らしが始まりました。
当日勤めていたのは多機能型施設で
だいたいの介護サービスが揃っていたので
じいちゃんばあちゃんのサービスについては
ケアマネジャー、福祉用具、訪問介護、訪問看護、デイサービスを
私の職場にお願いしました。
自宅に同僚や上司が「サービス」として来るのは
なんだか変な感じがしました(;’∀’)
部屋を見られるのはすぐ慣れましたが
「訪問されるってこんな感じなんだ」と、ちょっと恥ずかしかったです。
同居してすぐは優しい気持ちになるものです。
「これから宜しくお願いします」と、3人で乾杯しました。
実際の暮らしが始まると、なかなかドタバタです。
介護家族の気持ちはデリケート。
まず、じいちゃんに対するリハビリについて
自社のPTさんと相談します。
「どのくらいのレベルまで回復したら、と希望ありますか?」
その頃はリハビリの目標なんてピンとこなくて
「まあ、あまり痛みもなく過ごしてもらえたらと思いますけど・・」
みたいなフワッとしたことしか言えません。
「トイレは自分で出来るようになればいいなあ」とか
「風呂に介助なしで入れるくらいに回復してほしい」とか、言えれば良かったかな・・。
その後、フロアのむこうで
訪問看護チームがミーティングしている声が聴こえます。
「~さん(私のこと)さあ、リハの目標もあいまいなんだよね」
とPTさんが言っていました。
そのPTさんはその後もすごく良くやってくれたので悪気はなかったと思いますが
その時は何とも恥ずかしい気持ちになりました。
今度は、うちに来てくれるヘルパーさん(こちらも自社)と相談。
生活援助(掃除、買い物、調理)と
じいちゃんへの身体介護をお願いしました。
私自身、ホームヘルパーをしていたので
ヘルパーさんがサービスをおこなうのに
どんな物があればいいか、だいたい理解していました。
冷蔵庫にはいつもいっぱいの肉、魚、野菜など
調味料も欠かさずに。
掃除用品も買いそろえて。
ある日、ヘルパーさんから
「家にあるクイックルワイパーはウェットタイプだけど
ドライタイプの方が使いやすいんだけど」と言われました。
それを誰がお金出して、時間使って買いに行くの?
あるものでやって下さいよ・・と
なぜか私は言えず、仕事帰りにドライタイプを買いに行きました。
またある時、左マヒのじいちゃんのトイレ介助について
「おじいちゃん、動きが固くてトイレ介助しづらい。
何か福祉用具を追加したほうがいいのでは?」と。
私が家でじいちゃんを介助している時は
まず杖歩行でトイレまで行くのをマヒ側から付き添って
トイレに入ったら、中にあるポールにつかまってもらい方向転換。
軽く腰を支えてあげて、便座に座る。
これが「出来ない」とのことでした。
確かに他人が来ると体の緊張はあると思いますが
「あれ~??」と思い
私は自分が介助している様子を動画に撮って
それをサービス提供責任者さん4人がいる時に、事務所で見てもらいました。
「いつもこうやってます」と。
みんなは「これは、調子のいい時のおじいちゃんだ」
「やっぱり手すりなどをつけた方がいい」と言います。
誰も「なるほどね」とはなりません。
福祉用具は確かに便利ですが、介助でカバー出来る部分を
なぜお金を出すほうの提案をするんだろうと不思議でした。
自社のヘルパー事業所で、言ってみれば「同僚」なので
彼女たちも言いやすかったのかも知れませんが・・
「なんだかなあ」と思ったのは確かです。
お客様やご家族には「見えるニーズ」と「見えないニーズ」がある。
ひょっとしたら、いま私がケアマネとして担当している方やご家族も
「言うに言えない思い」があるんだろうと思うと油断できません。
実際、この前も「関係は悪くない」と思っていたご家族から
「ケアマネを交代したい」と、解約されてしまいました。
普通にコミュニケーションをとっているつもりだったのでショックでした。
お客様やご家族の
「顕在ニーズ」=目に見える要望、気持ち
は見えやすいのですが
「潜在ニーズ」=目に見えない要望、気持ち
に、もっと目を向けないと同じことになる、と思います。
こうした細かい部分で、家族と各サービスのやり取りをしていく中で
「介護サービス側は『どうサービスをしていくか』という理屈」を、
「介護を受ける側は『分かっちゃいるけど、正論を押し付けないで』という感情」を
優先しているんだと感じました。
お互いに同じ理屈を共有して
さらに感情もくみ取ってもらえたら
気持ちよく介護サービスが継続出来るのかも知れません。
それでも起こる多少のすれ違いは仕方ありません。
お互い、人間ですから(;^ω^)
「親戚は 口は出すけど手は出さない」。。
もう1つ、介護生活を初めて思ったのは
「親戚は、口は出すけど手は出さない」です。
じいちゃん達と同居していたマンションは
叔父(じじばばの息子)家族が住んでいるところから
歩いて5分くらいの場所でした。
叔父から時々電話で「ご飯作ったから、食べに来いよ」と。
・・せっかく招いてくれて申し訳ないし、言葉は悪いんだけど・・
「そっちが来い」と思いました。
夕方に招かれて、これからじじばばの着替えとかやって
車イス押して叔父の家に行く手間は考えないのかな、と。
休日も、叔父はじめ他の親戚たち(みんな近くにいました)も
ほとんど家には来ません。
私の母は心配して、他県からたびたび来てくれましたが。
あまりに近いと来ないものなのかな?と思いつつ
いや、やっぱり気持ちの問題だな、と。
みんなある意味安心していたのかも知れません。
「うまくやってくれているのだろう」と。
でも、そうはいってもやっぱり
誰かが順番にフォローしてくれたら、気持ちの行き違いも少ないものです。
親戚たちも口では「心配してるよ」
「何かあったら連絡してね」とか言ってくれて
みんな優しい人たちですから本音だったとは思いますが
なんとなくこちらも意地になってしまい
連絡なんてしたくない、という気持ちになりました。
そしてある日、叔父に対しての怒りが爆発してしまったのですが
それはまた数か月後のお話。。
「ばあちゃんをひっぱたいてしまうかも知れない・・」続きはココから↓
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