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愉快で素敵な物語(1)我が道を行ったNさん

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お客様とのエピソード集

糖尿病でも「そんなの関係ねえ」

 

Nさんとの出会い

 

ホームヘルパー時代に出会ったお客様 Nさん(男性)

当時まだ60代で、長く糖尿病を患っていました。

 

商店街の中にあるアパートに1人暮らし。

奥様とは離婚され、子どもはいましたが疎遠。

 

病気のせいで視力がかなり落ち、片足は切断していましたが

電動カーに乗って商店街をウィンドーショッピングしたり

自分の意思ははっきり持って生きておられました。

 

私はNさん宅に、糖尿病食を作ったり、掃除するために訪問していました。

・・が、このNさん、作った糖尿病食をほとんど食べてくれません(´;ω;`)

 

確かに糖尿病食で味付けが薄かったり

私の調理レベルも足りなかったのだと思いますが

調理するために台所に立つと「おい、別にやらなくていいぞー」と言って

そもそもいらない、という感じで。

それを「まあまあ」と言いながら調理するのが日常でした。

 

ある日

ちょっと出かけようよ」と、タバコを吸いながら

Nさんは電動カーに乗り込みました。

ヘルパーは誰もいない家に訪問はNGですし

Nさんのことも心配なので、一緒に出かけます。

 

ゆっくり進む電動カーのななめ後ろを歩きます。

Nさんの視力は万全でないので

電動カーは時々、電柱や店の看板をかすったり

植木にぶつかったこともあります。

 

そんな時もNさんは「おっと」と言いながら平然としています。

私は内心(「おっと」じゃないよ!)とつぶやいていましたが(^_^;)

 

結局、近所のお店で寿司を買って帰ります。

私は内心(寿司かい!)と叫びました。

家には、作ったばかりの糖尿病食。。

 

帰宅し、買ったばかりの寿司を美味しそうに食べ

少しお酒も飲んで、またタバコを吸ったあと

ああ、うまかった」と、Nさんは寝てしまいました。

 

誰もがそうではないと思いますが

糖尿病を持っている人って、わがままな人が多い気がする・・

とうすうす感じ始めた頃です(-_-;)

 

男の生き様を教えてくれた

老人, 知恵, 年, 男, お年寄り, 顔, 人, 肖像画, 眼鏡, 大人

 

 

こんな自由なNさんですが、もともとは会社の創業者でした。

 

頑張って事業を大きくされ、時代的にも羽振りが良く

あの時は、まあ遊んだな~」と言うNさんの表情を見るからに

とても良い思い出のようでした。

遊びすぎて、1人になっちまったんだよな~」とも。

 

性格的にも大らかというか、動じない。

ユーモアがたっぷりで、にくめないような。

おい、今日は疲れた顔してるぞ。大丈夫か」と声をかけてくれたり

親分肌の人でした。

 

俺はもう好き勝手に生きてきたからさ。これで死んでも全然いいの。

 楽しい人生だった

 

男は、とにかく仕事を頑張れ。俺の若い頃は・・」と

仕事論を語る時はビシッとカッコいい表情をしながら

本当に色んな話をして下さいました。

私は仕事の手も止めて、Nさんの話に引き込まれていました。

 

・・と書いていて、「Nさんの家で、あんまり仕事させてもらってない!!」と

いま気づきましたΣ(・□・;)

 

思い出の箱根旅行

 

一緒に過ごしていて一番印象深かったことがあります。

おい、箱根行くか?

と、Nさんからいきなり声をかけられました。

「箱根、ですか?」

 

彼は透析治療を受けていて

その病院が企画した「透析患者の会で行く箱根旅行」というのがあり

その道中で、必要なお手伝いをしてほしいということでした。

 

私は勤めている事務所にそのことを伝え

仕事として行って良いと許可され

Nさんや、病院医師・看護師、他の患者さんたちと一緒に

バスで箱根まで行きました。

 

もう20年以上前のことなのでウロ覚えですが

バスや旅館では、患者さんたちが

いつもよりは食事などの制限がけっこうゆるくていいんだぜ

みたいなことを言っていて

お医者さんや看護師さんたちも

まあ、せっかくの旅行だからね」と一緒に楽しんでいたのが印象的でした。

(もちろん、気をつけるところは引き締めていたと思います)

 

旅行中はNさんの横にぴったりつき

温泉も一緒に入ったり

美味しい料理をいただいたりしました。

 

この時、自分の中にあった「患者さんたち」というイメージが

一緒に温泉に入って、リラックスして昔話をするのを見ながら

この人たちも昔はこんな風に普通に旅行に行ってたんだろうなあ」と感じ

 

「患者さんたち」より「自分と同じ人間」という視点。

当たり前ですが、それを持ててなかったなあ、と気づきました。

 

日帰りだったので、少し休んだあとはまたバスで東京へ帰ります。

帰りのバス内ではみんな心地よい疲れの中、行きよりは静かでした。

 

Nさん宅に戻ると

今日はありがとね」とNさんが言います。

旅の疲れもあってか、何だかやり切ったような充実した表情でした。

 

なんだか、今までにないNさんの顔だな」と思いながら

私も、無事に旅行を終えた安堵の気持ちで帰宅しました。

 

Nさんは、それから数か月後に亡くなりました。

 

私はその頃、別の現場に行くことが多く

以前のようにはNさん宅に訪問しなくなっていたので

事務所からそのことを聞いた時は、どうも信じられませんでした。

 

自分の人生を生きた

太陽, 空, 青, 日光, サンビーム, 太陽光線, 雰囲気, 暖かい, ホット

 

よく晴れた日。

自転車で現場から現場に移動している途中

何となく遠くの空を見ていました。

 

俺はもう好き勝手に生きてきたからさ。これで死んでも全然いいの。

 楽しい人生だった

男は、仕事頑張れ

一緒に行った旅行のことなども思い出して

ちょっとだけ涙が出そうになりました。

 

Nさんからは「自分の人生を生きる」背中を見せてもらった気がします。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました(^^♪

 



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